YUCHI【第10回】
(更新日:2014.02.04)
こんにちは、YUCHIです。早いものでもう2月…。
今年に入ってまだ全然経ってない気がしてたんですが…(笑)。
あくせくと働いているとあっという間です。
さて、僕のバンド遍歴をだらだらと綴らせて頂いています(笑)。
今回も続きですー。
宜しくどうぞ!
2009年ー
この年は活動休止中だったkannivalismをもう一度始めた年でした。
前回でも書いた通り、僕らメンバー3人は本当にバラバラになってしまい、気付けば会うことさえもなくなってしまいました。
しかも月日が経つごとにその溝は広がってゆきました。
ひょっとすると、kannivalismを守ろうと必死に動いてくれていた圭でさえも、復活はもう無理かもと諦めていたかもしれません。
ただそんな時、僕らの事務所代表、ダイナマイト・トミーさんから、もう1度kannivalismをやらないかというお話を頂きました。
実際はトミーさんから直々の説得のようなものとその時は捉えていたのですが(トミーさんすいません!)、
こんなにバラバラになって、事務所やレコードに迷惑ばかりかけてしまっているバンドにそれでもまだ目をかけて頂いたのは、本当に有り難い限りでした…。
分解状態だったメンバー3人は、トミーさん仲介のもと、集まり、そして話し合いました。
話し合った、というよりお互いに顔を会わせるだけでも皆精一杯だったと思います。
ただどれだけ考えても、メンバー間の溝を埋める手段はありませんでしたが、ひとつだけ残された選択肢として、kannivalismに新たなメンバーを迎え入れ、新しい血を入れることによってバンドを再生させることでした。
実はkannivalismはこの時に限ったことではなく、ずっと新たなメンバーとして、ドラマーを探していました。
サポートドラマーを入れてライブやレコーディングを重ねてはいたものの、やはり正式メンバーとしてより強い結びつき、バンドとしての一体感を望んでいたんだと思います。
しかし僕達と歩んでくれるドラマーは実際はなかなか見つかりませんでした。
僕らのサウンドとのマッチングがいいドラマー、というだけでなく、人間としてのスタンス、空気感、人柄をも僕らは望んでいたからです。
話を戻します。
kannivalismを再始動させるにあたって、新メンバーとしての候補が、この時僕にとって一人だけいました。
光也(みつや)というドラマーです。
光也は僕にだけではなく、怜や圭にとっても共通の友人でした。
実は彼はこれ以前にも、kannivalismの手伝いをしてくれていたこともありました。
ただその当時の彼は僕らにとって「いち後輩」といった感じでしたが…。
何故ここに光也を候補に見出だしたかというと、実はkannivalismの休止中に彼から一緒のバンドをやらないかというラブコールがありました。 そして出来ればkannivalismのメンバーに加えてほしい、という提案をもらったのです。
彼はkannivalismを近くで見てきた人間の一人。
kannivalismのメンバーとして、ドラマーとして求められることの大きさ、厳しさをわかった上での立候補だったんだと思います。
そもそも自分からバンドに入れてくれと言うこと自体、それなりの覚悟が必要だとも思います。
僕達3人と光也は春頃から、一緒にスタジオに入り始めました。
光也のドラムは今までのサポートドラマーに比べて決して上手とは言えなかったものの、独特の雰囲気とセンスがあり、不思議と僕らの演奏の中に溶け込んでゆきました。
そして何より、彼のキャラクターです。
神経質で何事も考え過ぎるところがある僕達3人に比べて、光也の楽観的な性格、そしてフワッとした雰囲気は、いい意味で僕達の間に涼しい風を吹き込んでくれたように思います。
スタジオでの練習の後は、全員でよく呑みにいきました。
そこでバンドの未来、思想、方向性、理想など、たくさんのことを話し合いました。
光也は僕達の会話にうまく溶け込み、いい雰囲気を作ってくれました。
お陰で気付けば僕達3人の中にあるわだかまりは、少しずつ無くなっていったと思います。
そしていつしかkannivalismにとって光也はいなくてはならない存在になってゆきました。
メンバー同士、少しずつ、ゆっくりとバンドをいい方向へシフトしてゆけました。
そしてバンドは再出発を心に決め、秋には再始動の会見も行いました。
これは光也なくして出来なかったことだと思います。
kannivalismは活動休止前に未完成だったアルバムを、新たなメンバーを迎えて完成させるべく、製作に入りました。
そしてそれに先駆けて新体制kannivalismとして初の音源となる、シングル「life is.」をレコーディング、リリースしました。
バンドは表舞台へのカムバックを果たしたと同時に、久々の活動に、まるでリハビリをするかのようにインストア等のキャンペーンで、色々な場所を回りました。
まだ沢山の人達が僕らのことを待っていてくれて、本当にありがたい気持ちでした。
この時、僕もまだ活動の感覚を戻すことがイマイチ出来ていませんでしたが、光也に関してはそもそも初めての体験が殆どで、彼は戸惑いを隠せない様子でした。
プロモーション活動と平行して、バンドはプリプロとレコーディングの毎日でした。
メンバーの拘りようは活動休止以前よりさらにも増し、より妥協を許さない制作が続きました。
いま振り返っても、この時のkannivalismの創造性、生産性は素晴らしかったと思います。
そして年末には、復活ライブをZepp Tokyoにて行います。
キャンペーンでの反応以上に、待ってくれている人達の多さ、そして期待に、心から感謝を感じたライブでした。
光也を加えた編成としては、演奏、構成共にまだまだ粗削りのライブでしたが、長い間溜め込んでいた気持ちは、この日にぶつけることが出来たと思っています。
ライブを終えた後も、バンドはすぐアルバム制作に戻りました。
そしてその先は、また次の年に続きます。
今回も長いコラムを読んで頂いてありがとうございます!
それではまた次回!
YUCHIでした!