【第12回】村田一弘という男

(更新日:2015.07.14)

我が家におじさんの電子ドラムがやってきてからというもの、よりリアルな練習が出来る様になり、教則本の進みが早くなっていった。
休みの日になれば友人達が遊びに来て、その物珍しい光景に少し自慢げな私であった。当然まわりに家でドラムを叩ける環境にある人間はいなかったし、とても恵まれた環境であった事は間違いない。しかし、いくら電子ドラムであるといっても、スティックで叩けばある程度の音は出てしまうし、何より振動は下の階のリビングでくつろぐ家族からするとなかなかのストレスだったのではないかと思う。案の定姉や妹からは良く文句を言われたが、私の部屋にドラムセットを置く許可をくれた両親にはとても感謝している。

そして秋の文化祭が終わって間もない頃、YUKITOから自分がやっていたバンドを辞めるから、代わりに私にそのバンドのドラムをやってくれないかという話を持ちかけられた。そのバンドの他のバンドメンバーとも仲の良かった私は二つ返事でOKし、それが私の初めてのバンドとなった。
そのバンドはボーカルが女の子だった事もありJUDY AND MARYのコピーをしていた。早速それまで演奏していた楽曲を教えてもらい、そのコピーにとりかかった。技術的に自分達の身の丈にあった曲しか選べないのだが、バンドスコアを見ながら音源を聴き、難しいフレーズは反復練習を繰り返した。一通り曲を覚えたところでスタジオに行き、皆でガシャガシャ演奏する。当然まともに聞ける演奏ではないが、皆で音を出している時間はとても楽しかった。特に生ドラムに触れられる機会は当時スタジオでしか無かった為、みんなが休憩している間もドカドカ叩いていたのをよく覚えている。自宅の電子ドラムとはやはり感触が違うので、私にとってスタジオにいる時間はとても貴重だったのだ。
ここでいまだに思うドラマーあるあるを一つ。スタジオに常設されている楽器の中で大抵はドラムだけが生楽器で、あとはシールドをアンプや楽器本体に繋ぎボリュームを上げて音を出す電子楽器なのだが、練習中ちょっとした空き時間に、ベースやギターであれば手元のボリュームを下げれば、例え誰かが回りで話していても気にせずその場で練習出来るのだが、ドラムは弱く叩いても喋り声以上のボリュームが出てしまう為、大抵「ちょっと、うるさい!」と言われてしまうのだ。。この時ばかりは電子楽器をうらやましく思うのだ。(俺だって練習したいんだ!)

そうして中学3年の終業式が終わり春休みを迎えた時、別の高校へ行く予定のYUKITOから連絡があった。
聞くところによると、遊び半分ではない真剣なバンドを始めたいのだが、そこでドラムを叩いてくれないかという事で、さらにギターとボーカルも当てがあるから近々4人で会おうという話だった。てっきり音楽はもうやらないと思っていたYUKITOからの誘いだったので少し驚いたが、私自身興味はあったので、その誘いに乗ってみる事にした。

数日後、待ち合わせ場所に行ってみると、髪を真っ白に染めたYUKITOと茶髪に毛先だけ赤色の華月、坊主で金髪のYUKIが居た。
14歳の春、これが後のRaphaelであり、riceへ続く最初の出会いだった。

〜次週(最終回)へ続く〜

☆ あとがき☆
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『LIVE 情報』7/18(土)名古屋ell size 7/20(月•祝)大阪VARON 7/25(土)7/26(日) 初台DOORS
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